本読み、音楽、アニメ、ゲームなど……じぶんのためのメモ的なものを、気まぐれに載せています。

2014年5月20日火曜日

「スターバックス再生物語」 メモ

21:00 Posted by どぼん , , 4 comments

 05/19:ハワード・シュルツ「スターバックス再生物語 つながりを育む経営」

◆スターバックスの実質的な(実際には違うけれども)創業者といってもよい著者が語るスターバックスの歴史。経済危機、営利主義によって、スターバックスの本質が失われようとしていた。そこで著者は、スターバックスのCEO(最高経営責任者)として復帰し、理念と現実のあいだで悪戦苦闘する。

◆というと格好いいのだけど、423ページはすこしきついか。◆個人的におもしろいと思ったのは、 「第三の場(第四の場)」「スターバックス体験」という理念と、それらの理念と現実を折衷させてゆく解決方法です。いくつかメモしてみたいと思います。

 サンドイッチの廃止

CEOを退いた著者(オーリン・スミス → ジム・ドナルド)。サンドイッチは人気だったが、中身のチーズなどがオーブンのなかに落ちて焼けると、焦げたにおいを発する。「イタリアのバールのロマンからこれほど遠いものはないのである」「サンドイッチの販売をやめてくれ!  (pp. 55-56)」。
→ のちに、においの少ない、オーブンを使わないサンドイッチを開発している

→ 経済環境の悪化に加えて、店内にコーヒーの香りがしないなどといった、スターバックスの本質を揺るがす危機。数字上の業績は良好。お客様の期待ではなく、ウォール街からの期待に応えている現状があった。2008年にCEO復帰

パイクプレイス® ロースト

2007年「コンシューマー・レポート」で行われたコーヒーの味のテストで、スターバックスがマクドナルドよりも低い評価を得る。
日替わりにさまざまなコーヒーを提供するのではなく、一貫性のあるコーヒーを提供することと、本格さよりも飲みやすさのあるコーヒーを要求されていることが明らかになった。
 2008年1月、ついにスターバックスの焙煎哲学を放棄することなく、より多くの人がブラックで、あるいは砂糖とミルクを入れて楽しむことができるコーヒーができた。バランスのとれた風味豊かなブレンドだ。このブレンドは、第一号店の名前をとってパイクプレイス・ローストと名づけられた (p. 114)。
→ 「質の低いコーヒー」で勝負しない点に、スターバックスの哲学がある。

マストレーナ

マニュアルのエスプレッソマシンの品質と体験を提供しつつ、自動の機械のように効率的でパートナーの負担にならない、半自動のエスプレッソマシン。ラ・マルゾッコ(完全手動)→ベリシモ801(半手動)→マストレーナ。詳しい人は、このマシンがいい! というこだわりもある様子。

  バリスタは抽出や泡立てをこれまで以上に管理することができ、カウンターの向こうで待つお客様と目を合わせたり、言葉を交わしたりすることによって、ふたたびつながりをつくることができるようになった (p. 407)。

クローバー

 クローバーはフレンチプレスとサイフォンを組み合わせたような機械で、極細に挽いた粉を、上から圧縮するのではなく、底から吸い込む。濾過には目の細かいフィルターが使われるので、最もおいしい油分が残されるのだ (p. 123)。
スタバの店舗検索によると、日本では1024店舗中22店舗(2015年5月時点)にある。

ソルベット、ヴィア、マザグラン。面白いなあ(独り言)。


2014年5月18日日曜日

「いやいやながら医者にされ」「日本最初の珈琲店」 「論文の書き方」

23:16 Posted by どぼん , , , 10 comments

05/16:モリエール「いやいやながら医者にされ」

レアンドル [...] 実は、さっき手紙を受け取ったんですが、それによると、伯父さんが死んで、ぼくはその財産をそっくり相続することになりました。

ジェロント あなたはほんとに立派なかただ。娘は喜んであなたに差しあげましょう!  (本書, p. 82)
◆木こりが妻のたくらみから始まって名医に”仕立て上げられてゆく”喜劇。漫才を思わせるような、つねに聴衆の裏をかくリズミカルなやり取り、その専門性を悪用する医者への風刺、その権威に疑いを感じながらもひたすら信じるしかない一般大衆の滑稽な姿が生き生きと感じられる。この喜劇の初演は1666年なのだけど、そんな風には思えない。時代を超えた笑いの世界、思わず吹き出してしまう一冊。

◆余談ですが本書の前半では誰かを殴るシーンが多いのでメモ。夫婦げんかで木こりが妻を殴る (p. 12)。仲裁に入った隣人を夫婦で殴る (13, 15)。召使たちが「殴りでもしないと自分が名医だと白状しない」という話を真にうけて木こりを殴る (30, 31)。、旦那(主人)に叱られた妻を叱りつけるフリをして旦那を殴る (39)。殴られて名医にされた木こりが、「これであなたも医者だ」といって旦那を殴る (41)。全部おかしい。


05/17: 星田宏司 「日本最初の珈琲店―『可否茶館』の歴史」

 その上に、ヨーロッパのコーヒー・ハウスにもない「社交場」または「知識の共通の広場」を提供した『可否茶館』の構想は、当時の日本の人々の生活・意識からすれば、理想だけが先行し、営業としてはとうてい考えられないことだった、と言ってもよかろう (本書, pp. 44-45)。
◆コーヒーを飲む場所として明確な指針を打ち出した最初の喫茶店、それが明治21年4月6日に開業した「可否茶館(コーヒーちゃかん? かひーさかん?)」だった。可否茶館は、日本最初の喫茶店であると同時に、欧米で知的交流の場として栄えてきたコーヒー・ハウス文化を日本に取り入れるという、その先駆的なコンセプトにも驚かされる。欧米文化を一般レベルに取り入れようとした鄭永慶の志を具現化したものが可否茶館だったといえそうだ。鄭永慶(ていえいけい:日本人です)の志と、可否茶館という挑戦、その失敗と生涯。期せずして胸が熱くなった一冊だった。


05/18: 清水幾太郎 「論文の書き方」

 空間的並存状態にあった現実が人間の手によって時間的過程へ投ぜられ、新しい人為的秩序を与えられる時、そこに新しい現実が生まれるのである。新しい真実と呼んでもよい。単に新しいだけでなく、これが本当の現実、本当の真実というものである。有意味な現実、有意味な真実というものである。本当の現実や本当の真実は、人間の働きを含んで初めて成り立つ。人間の責任を含んで初めて成り立つ (本書, p. 109)。
◆文章術の本のベストセラーといってもよさそうだ。初版の1959年からいまもテキストとして挙げらているのをよく見かける。この本はいわゆるハウツー本とは違って、論文を書くための方法についてはほとんど立ち入っていない(とぼくは思う)。それよりも、もっと根本的なところで「どうやって論文を書くのか」という問いについて考えている一冊ではないか。

◆ここでいう「論文」とは、知的散文といった程度の意味だ。なにかについて、それを知らない人にも伝えるための文章のことだ。書いて伝えるということは意外と難しい。自分流の文章術をつくりたいという人にとって、重要な手掛かりになるはずだ。(反面、ふつうのハウツー本として手に取るとものすごいガッカリします)。

 * 余談 *
マインドマップツールXMindを使ってみました。つたない。
OLさんたちが”だべっている”横で、ぽちぽちパソコンをいじくりまわしながら本を読んでいました。


2014年5月2日金曜日

「知の広場」「かくれんぼ・毒の園」「15分あれば喫茶店に入りなさい。」

23:26 Posted by どぼん , , , 10 comments

04/21 : アンニョリ「知の広場」

◆勉強をする人たちのお堅い場所だと思われがちな図書館。それをすべての人びとに開放し、居心地の良い場所にしようという著者の試み。図書館の文化的な価値を見つめ直し、図書館の未来を切り開くための具体的な設計をしっかり組み立ててゆく様子がとても面白い。(後日引用文を載せます)

04/28 : ソログープ「かくれんぼ・毒の園」 他五篇

 ワローヂャは勤勉な子で、噂では才能のある子だそうである。ところが、今日という今日は勉強をするのが彼には大儀なのである。どの学課にも手をつけず、何かしら不愉快なことを思いうかべた。その課目の教師や、教師が通りすがりに言いすてて、感じ易い少年の心の底に消しがたいものを置いていった乱暴な毒舌が、いまさらのように胸にうかぶのであった (本書より「光と影」, p. 63)。
◆ひたすら描かれる厭世と死の物語。純粋な子どもに厳しい仕打ちを加える大人、なんの変化もない平坦な生活や、半ば滑稽なかたちであっけなく死を遂げる俗物の存在は著者の厭世的な考えを物語っているかのようです。他方で、少女の純粋な死や、愛と死の重なりが美しく描き出される。なんとも不思議だなと感じた。

05/02 : 斎藤孝「15分あれば喫茶店に入りなさい。」

 喫茶店にわざわざ何百円ものお金を払うのは、コーヒーではなくて空間を買っているからです。「リラックスしていて、なおかつ生産的」な、その空間で、少しでも前進するための思考を巡らせるべきなのです(本書, p. 37)。
◆主婦に社会人、いろいろな人のための喫茶店有効活用術の本。日常にビジネス、会話に商談、一人での思考に仲間との議論、いろいろな人が集まるのが喫茶店。そこは独特の「ライブ感」のある半公共的な空間だ。著者によれば、こうした空間が創造的な思考にとても適しているという。たとえば、日ごろから自分がこなすべき課題を見つけておき、喫茶店で片づける。そんな著者の「喫茶店タクティクス」には1分1秒も無駄にしないという強い意志が感じられる。◆けれど、喫茶店などはあくまで「半公共的な空間」。道具を広げて勉強したりするのは半公共的空間の「自宅化」。この点についてもたびたび警告している点は見落とされるべきではない。