本読み、音楽、アニメ、ゲームなど……じぶんのためのメモ的なものを、気まぐれに載せています。

2015年2月21日土曜日

「ふるさと隅田川」「一九八四年」

11:30 Posted by どぼん , , 2 comments

02/20 : 幸田文「ふるさと隅田川」

 いヽ土地に住む人たちより、そこに住む女たちはずつと明らかに、それぞれの性格なり力なりを発揮してゐた。私には、女房たちは亭主たちを飾つてゐるといつた観があつた。それに較べると、いヽ土地の奥様がたは亭主に飾られてゐる感じだつた。 (「湿地」, p. 130)
 隅田川をはじめ、自然とともに暮らす人びとの姿を映し出している随筆集です。土地(自然)の美しさや雄大さへの憧れ、隅田川とともに生きる人びとへの優しいまなざしが感じられます。一瞬しか味わえないという桜の葉の香り、川のそばで暮らす人びとの力強さ、川の暴力、晩年の父露伴の姿、変わりゆく街。繊細で優しいかと思えば、クジラ漁の風景や岩場の崩壊の様子が大胆に描かれていて、なんとも面白いです。季節感や香りを想像させてくれます。

 印象に残ったお話
「流れる」花を見ながら、まぶたの裏には故郷が浮かぶ。
「廃園」ある名家の庭にあった松。みんなが「**様のもの」と思っていたが、同時にみんなでそれを楽しんでいた、という在り方が面白いと思った。けれどその家は没落、廃園に松だけが残っていたが、新しくやってきた商家はすべてを作り変えてしまった。
「みずばち」”おまえに水がこしらえられるか”。
「あだな」船頭芳の喜びや別離の悲しみ、そして老い、人生をよくこれだけ描いたなと思う。近所のおじさん的な桶屋の新さんがまたいい。父のあだ名のことを話され成長した芳の息子の気持ちが手に取るように伝わる。
「湿地」”いい土地”ではない湿地に暮らす人びとの力強さ。
「鯨とり」クジラ漁の大胆さ。そして殺すことへの感覚、それは職業や商売を超えた感情なのだと思う。
「濡れた男」繁殖行為を終えぼろぼろになったサケに出会った男が、それを看取る場面が印象に残った。不思議な縁。
「地しばりの思い出」発展を急いだ結果自然を失い、いままた自然を取り戻そうと急いでいるという見方が面白い。自然への愛着と畏怖。

02/20 : ジョージ・オーウェル「一九八四年」

 われわれが人生をすべてのレベルでコントロールしているのだよ、ウィンストン。君は人間性と呼ばれるような何かが存在し、それがわれわれのやることに憤慨して、われわれに敵対するだろうと思っている。だがわれわれが人間性を作っているのだ。
 国家の統合と支配が進んだ、未来の「1984年」。世界はオセアニア、ユーラシア、イースタンの3つの超大国に分かれ、物語はオセアニアの旧イギリスを舞台に展開します。オセアニアを統括する「党」の支配は人びとの精神にまで及び、党に不都合なことを「考えること」が犯罪となる世界です。支配者たる「党」の構成員は自らの「意志」で党を愛し、全人口の過半を占めるそれ以外の人びとは漫然と現状を受け入れている。そんないびつな支配体系に強い反感を持った主人公は、あるともないとも語られている反政府組織に加わろうとしますが……。

 党はさまざまな統制を行ないます。メディア操作をつうじた歴史の検閲・改変、新たな言語による(党に不都合な)概念の削除(例: free という語は「その畑は雑草から自由である/雑草を免れている」といった言い方においてのみ可能で、政治的・知的な自由はもはや概念として存在しない, 480)、そのなかで人間性というものは権力によって徹底的に破壊され、権力が新たな人間性を作ってゆく。そんな社会体制を打破すべく主人公がわずかな希望を抱いたのは、下層階級のプロールでした。人口の8割を占め、しかも党に洗脳されていない彼らが放棄すれば、たちまち党は崩壊すると考えます。

 しかし主人公は同時に、自らが党の支配から逃れ得ないこと、思考まで党に監視された「死んでしまった人間」であることを自覚していました。さらに、人間の精神などというものが飢餓や苦難のなかでいかにたやすく醜く変貌するかということも知っていました。憎悪や不信に満ちた社会の到来を予感させ、物語は幕を閉じます。

2015年2月5日木曜日

打ち込み日記 - ショパン ポロネーズ変イ長調 作品53 "英雄" (3)

英雄ポロネーズ (0) の試作版から、間違いを修正した最初の公開版(2の公開にともない音楽データは削除)、表現を改めた英雄ポロネーズ (2) に続いて3回目の公開です。

変更点はいろいろありますが、一番の変更点は主部で3拍目を強調したことです。リズム感がずいぶん変わった気がします。

IMSLPにあった自筆譜をみてみると、最後の繰り返し (6:18-) の部分では ff から f を消して f になっていました。より大きな力を込めるのは、コーダにとっておいた方がよいような気がしています。

そのほかにも、序奏 (0:00-) では16分音符をスタッカートからレガート気味にして左手のE-flat (Es) を強調、主部 (0:32-) などのルバート、(1:58-) からのペダリング、いろいろ変更してみました。

こういう説明をすると、自分のやっていることが無機質な分析かなにかのように見えてしまいそうですが、要はぐっと来るか来ないか、かなりなんとなくでつくっています。


ただ、じっさい気になる点もけっこう山積していて、主部の左手にはスタッカートがついていますが、ここで区切った方がよかったかなぁ、とか……序奏から主部につながる左手のGがうまく融けないなぁ、とか……。

ド素人の模索の日々はまだまだ終わりそうにありません。

2015年2月3日火曜日

「東大教師が新入生にすすめる本」

17:33 Posted by どぼん No comments

01/31 : 文藝春秋「東大教師が新入生にすすめる本」

東京大学出版会の月刊広報誌 "UP" の同名のコーナーから、1994年から2003年分を採録したという本です。そのコンセプトは書名のとおり、難関をくぐりぬけ入学を果たしたばかりの気鋭の新入生たちに、研究者でありかつては学生でもあった教員が本を紹介するというものです。◆紹介するにあたって、コンセプトは3点。すなわち、(1) 印象に残っている本、(2) 研究者の立場からすすめる本、(3) 東大出版会の本、です。

紹介されている本は諸分野の学術書はもちろんのこと、ビジネス書などの一般書、小説や詩などさまざまですが、どれも知的な刺激を与えてくれるであろう本です。たとえば「仮面の解釈学」などは、タイトルを聞いただけで読み応えがありそうだなと見当がつきます。

学生にとっては、関心を深めるための案内として役立ちそうです(もちろん、自分で本を選んでゆくことも大切なのでしょうけれど)。たとえば「この本は1年生には早いから、4年生になってから読めばいい」というような紹介の仕方ができるのは、その分野に精通した選者ならではでしょう。

それ以外の人にとっても、あまり縁のない学術的な内容に踏み込んだ本や有名ではない本の魅力を雄弁に語ってくれる本書から、新たな本(それも、骨のある本!)との出会いが生まれそうです。

2015年2月1日日曜日

「不運な女」

23:29 Posted by どぼん , No comments

01/31 : リチャード・ブローティガン「不運な女」

 さてと、わたしはいまこの本を書きおえようとしていることに気づく。これは根本的にはわたしが知っていることすべてについての本だ。それは見るにしのびないほどあからさまである。作家どもは悪名高い嘘つきだが、もしわたしを信用してもらえるなら、ここで断っておきたい。読みかえしてみて判明したのは、書くことを中断したわたしの居所と、あとは、ついつい横道にそれて、数多くの短い逸脱と苦々しいほどみっともない長い逸脱を繰り返したことだけだった。 (p. 141)
◆なんとも不思議な物語です。紹介文には「47歳の孤独な男が、死んだ女友だちの不運に寄り添いながら旅をする」とありますが、あまり不運に寄り添っているという感じはしませんし、それどころか肝心の「不運」についれは旅の各地で思い出したようにすこし述べているだけで、物語自体はだんだん話の本筋から外れて行きます。
◆そのことについては、語り手自身が物語の最後にこのように問いかけています。「なぜわたしはついにやってこなかった雷雨のことを書くのに時間を費やしたのか? その時間を使って、首吊り自殺をした女性についてもっと憐れみ深く思いやりをもって、掘り下げて考えることだってできたはずなのに (p. 144)」。語り手は「不運な女」たちについて描こうと努力をしたものの、その結果は「尻切れトンボの断片、きどったユーモア、くだらない術策」の集まった「いまいましいノート」の完成ということで終わってしまう。なんというはかなさ。

◆このことと関連して、印象に残ったのは以下の部分です。
 わたしがたったいましたように、あるときここを通りかかり、車からおりて死者のあいだを歩きまわって、かれらについて考え、かれらは何者だったのか、どんな人生を送ったのだろうかと思いを巡らしたって、なにもわかりやしない (p. 52)
◆語り手は旅の一環で日本人墓地を訪れますが、墓石は積み上げられ、姓名も生没年も分からないありさまでした。語り手は、「葬られる場所としては、陳腐で平々凡々としているその場所で、忘れられた墓石たちは……そして、それに対する語り手の追想はすべてのことの在りよう」とおなじだと述べています。陳腐で平凡なところに忘れられた墓石があって、それについて語り手が追想すること。決して成功することのないその追想に、著者はすべてのことの在りようをみているのだと思います。

「100語でわかるガストロノミ」

21:59 Posted by どぼん , 4 comments

01/01 : アラン・ボウエー、ローラン・プランティエ「100語でわかるガストロノミ」

 人は、毎日食べなければならない。そして、料理をすることは、その食べる時間を素朴な幸せの瞬間にすることである。私は、料理を熱烈に愛する。食材を吟味し、調理し、決して、仰々しくならず、的確で気取りのない方法で素材の持ち味を引き出すことがたまらなく好きである。(中略)シェフの気難しさや創造性を超えて、料理にかける情熱が、絶えることなく受け継がれ、手を加えられ、崇高なものにされたと解釈している。料理とは、実に人間的で、本質的で自然なものである (p. 166)
◆フランス料理界の重鎮100人がそれぞれ料理にまつわる言葉をテーマにして書いたエッセイ集です。シェフたちが一つの本を作り上げるというコンセプトに惹かれ、読んでみました。かれらが料理に挑む心意気や食材に払う敬意、かれらの料理にまつわる思い出の数々をとおして、シェフという人たちが少しだけ身近になったように思えます。かれらの幼少期のお話がまた魅力的で、幼少期にきのこと接して育ったとか、ロースト肉のソースをつまみ食いする喜びとか、読んでいるだけで共感できる子ども心がそのまま描かれています。
◆それと関連して、すこしポエムみたいな項目があるのもよいですね(笑)。さらに、ちょっとしたレシピもあったりして、なかなか読みごたえのある本だと思います。フランス料理ということで、ふだんあまりなじみのない言葉(たとえばガルグイユとか、知りませんでした)もテーマに挙げられていますが、どんなものか想像するのも楽しいものです。
◆ちなみに、ガストロノミとはもともと「胃の作法」の意、食事に関する美意識のようなものを幅広くさす言葉のようです。