本読み、音楽、アニメ、ゲームなど……じぶんのためのメモ的なものを、気まぐれに載せています。

2015年6月14日日曜日

「音楽用語のイタリア語」

14:39 Posted by どぼん , , 2 comments

06/10 : 森田 学「音楽用語のイタリア語」

音楽用語では、表面的な意味だけでは違いがよくわからない単語がたくさんあります。たとえば、accelerandoとstringendo(徐々に速く)、ritardandoとrallentandoとritenuto(徐々に遅く)、rinforzandoとsforzando(その音を強く)などといった言葉は、クラシック音楽では頻出するのにインターネットで調べてもなかなか出てきません。accelerandoとstringendoを「徐々に速く」と理解していてもなにか困るということはありませんが、これらをどう使い分けているのかというのは気になるところです。そこで、これらの単語をイタリア語としてとらえてみる必要があります。たとえば日常的に用いられるニュアンスを知るためには「これで納得!よくわかる音楽用語のはなし (Amazon)」などがありますが、その単語の由来や文法的な構成といった点から知ることができるのがこの本です。以下にいくつかメモしておきます。

徐々に速く

accelerando......ラテン語のceler「速い」に由来し、付加を表す接頭辞aが結合したもの。
stringendo......stringere「締め付ける、縮める、まとめる、切迫する」に由来する。

徐々に遅く

rallentando......動詞rallentare「(他)遅くする」「(自)速度を緩める」のジェルンディオrallentandoが名詞化したもの。 例:Rallenta! Non vedi il semaforo rosso? (スピード落として! 赤信号が見えないの?)
ritardando......他動詞ritardare「遅らせる、(速度を)遅くする」のジェルンディオが名詞化したもの。例:Antonella ha ritardato di nuovo alla lezione. (アントネッラはまたレッスンに遅れた)
ritenuto......他動詞ritenere「考える、見なす、引き止める、控除する」の過去分詞で「慎重な、控除された」という意味。音楽用語では、「慎重な、抑えられた」(から転じて?)「急に速度を緩めた」の意味。

その音を特に強く

rinforzando......他動詞rinforzare「強固にする、元気にさせる」のジェルンディオが名詞化したもの。強意のri-と-in-「内に」、-forza-「力」からなる単語。rafforzandoと同じ意味で用いられる。
sforzando......他動詞forzare「無理に力をかける」に、継続的な意味を表す接頭辞sがついたもの。他動詞sforzare「フル活動させる、強制する、侵略する」のジェルンディオが名詞化したもの。

とても遅いテンポで

largo......意味は「幅のある、広い、ゆったりとした」。ラテン語のlargus「気前のよい、豊富な」に由来する。
lento......意味は「遅い、のろい、緩んだ」。ラテン語のlentus「柔軟な」に由来する。相対的な速度としてpiù lento「より遅く」などと用いられることもある。

veloceとvivace

veloce......ラテン語のvelox (velocis)「速い、俊敏な」に由来する。
vivace......ラテン語のvivere「生きる」から派生したvivax (vivacis)「長寿の、元気な」に由来。
vivo......ラテン語のvivere「生きる」から派生したvivus「生きている、活発な」に由来。

marciaとmarziale

marcia......古高ドイツ語markôn「足跡を残す」、古フランス語のmarchier「踏みつける」から派生したイタリア語の自動詞marciare「行進する」に由来。
marziale......古代ローマの軍神Mars (Martis)「マルス神」から派生した形容詞martialisが語源。
どちらも行進という意味を含んでいますが、由来は違うようです。

*) もうちょっと見やすくしたい(^^;)

2015年6月11日木曜日

打ち込み日記 - ショパン 「4つのマズルカ」第3番 ホ長調 作品6-3

ショパンの「4つのマズルカ (Op. 6)」から第3番ホ長調を打ち込みました。

 マズルカはポーランドの舞曲の一種ですが、この曲はとくに舞曲的な印象を受けます。
冒頭部分のリズムに載せて「踊りが始まるぞ」という期待感、そして付点のついた力強い踊りがこの曲のメインの部分です。そこからちょっとした憂いをみせたかと思えば踊りはたちまち加速し、明るくいそがしい踊りへと変貌します。そして力強い踊りが帰ってきて幕を下ろす。2分足らずの作品なのですが、さまざまな展開が盛り込まれています。

 打ち込むうえでいちばん難しかったのはなんといってもマズルカのリズムを自分なりにつかむことでした。ほかの演奏も参照しなかったので、奇妙なものになっているかもしれません。
 低音を打鍵して離してからペダルを一瞬だけ離すと、音が微妙に残ります。この効果が面白いと思って何度か使ってみました。重みがほしいけれど響かせたくないという時に、とても効果的な方法だと感じます。(いつものように、素人考えでは、と断らなければいけませんが)

ただ、例によってちょっと音量が小さいようです(^^;)

2015年6月10日水曜日

「わが百味真髄」

21:33 Posted by どぼん , , , No comments

06/09 : 檀一雄「わが百味真髄」

 長ずるに及んで、私の放浪癖は、私の、自分で喰べるものは自分でつくる流儀の生活をいっそう助長したし、また反対に、私の、自分で喰べるものは自分でつくる流儀の生活が、私の放浪癖を尚更に助長した。 (pp. 10-11)
 春夏秋冬に応じた料理とレシピを紹介しながら、その料理をめぐって旅先での思い出などを述懐しているエッセイ集です。

 旅と料理、そしてそれをつうじた人との出会い、これがこの本のテーマではないでしょうか。世界を旅し、日本を旅し、そのなかで知った料理を自己流に作り変えて家族や友人に振る舞う。そして、その失敗談さえも笑い飛ばすいさぎよさがあります。

 たとえば、家族にふるまったきのこ料理で家族もろとも腹痛に倒れても「あんなに爽快で、気持ちのいい、吐瀉と下痢をやったことはない」「まったく台風一過、全身が洗い流されるような感じであった (p. 118)」と断言してしまう。当然、料理を振る舞われる家族や友人からしてみれば、楽しみと同時に不安がつきまとったに違いありませんが、そうした周囲の反応についても、詮索せずに「どうだって、よろしい (p. 9)」と切り捨てる。いさぎよいというか、さっぱりしています。

 ところがご子息の太郎さんによるあとがきは、豪快で明るい人物像とは別の一面を指摘しています。旅によってつねに変化のなかに身を置くいっぽうで、料理を振る舞うことによって人と飲食を共にすることの裏には、寂しさのようなものがあったのではないか。料理を振る舞うことによって人が集まってきたのではなく、人を集めるために料理を振る舞い酒を飲むという祭りを開いたのではないか……周囲から豪快といわれた父親の異なる一面をほのめかしていて、読んでいて感じるものがあります。



もうひとつ、まえがきのお気に入りの部分を取り上げたいと思います。
料理はインスタントのウドンかラーメンかをその子供に啜り込ませ、母の会か何かに出かけていって、ペチャクチャペチャクチャ、その子のシツケや、知能指数のありようなど喋りまわっている女達は、亡国の子孫をつくっているだけのものである。 (p. 11)
これだけだとすこし重たい感じがしますが、続けてこのように書いています。
料理はインスタントよろしく、それより自分の時間の方がもったいないなどと言っている女性方よ。
 よろしい、この地上の、もっとも、愉快な、またもっともみのりのゆたかな、飲食(おんじき)のことは、ことごとく、男性が引き受けてしまうことにしよう。
 そうして、女性は、日ごとに娼婦化し、日ごとに労働者化してしまうがよろしいだろう。 (p. 12)
このように力強く宣言してしまうと、むしろさっぱりしてきます。こうした感覚も好きです。 最後に、とてもかんたんなレシピをひとつだけ。
 コップ1杯の米を大鍋に入れる。つづいてコップ15杯の水を入れる。さらにコップ1杯の極上のゴマ油を入れる。塩をほんの一つまみ。さてこの大鍋の中身を、トロトロトロトロ2時間ばかり煮るだけだ。洗う手間も何も要らない。でき上がったカユがまずかったら、心平さんが落第したせいだと思いなさい。 (p. 19)