本読み、音楽、アニメ、ゲームなど……じぶんのためのメモ的なものを、気まぐれに載せています。

2015年7月31日金曜日

ゲーム記「リゼットの処方箋」

14:38 Posted by どぼん , No comments
LizArtsさんの「リゼットの処方箋」をクリアしました。

”眠り病”の専門医の少女リゼットが、旅の途中でみつけた”眠り病”の少年アシルを助けるべく、アシルの精神世界(記憶)のなかを進んでゆく物語です。オープニングのアニメーションが素敵です。

この物語のそもそもの発端は、法の番人ともいえる裁判官のある判決にありました。彼はそれまで悪に屈することのない正義として、法をかたくなに守り続けてきた。しかし世間や家族は、血も涙もない彼の判決に対して異議を突きつけた。正しいはずの自分を正しいと認める人間が(彼の見る)世界中のどこにもいないことに、彼は耐えきれなかったのかもしれません。

法と正義、少年の葛藤などなど、深い問題もストーリーに盛り込まれていて、とても楽しめました。

http://www.resette.net/

メモ

(プレイ中に記録したメモです)

2つの本の模型と1つの時計板を組み合わせ、
さらに時計板の針を特定の時間に設定する
→金庫が解錠

時計板の時刻は各日の開廷時刻

絵画
大いなる油断は、 赤城の門へと青き死神を呼び寄せる
迫り来る赤き死神の前に、 青き騎士団の大盾使いが現れる

142 182 171 〔※不要でした〕

法廷番号
004232

2015年7月22日水曜日

「仰臥漫録」

23:11 Posted by どぼん , No comments

07/22 : 正岡子規「仰臥漫録」

柩の前にて通夜すること無用に候
通夜するとも代わりあいていたすべく候
柩の前にて空涙は無用に候
談笑平生の如くあるべく候

(p. 119) 
 結核をわずらった正岡子規が、その病床でつづったごく私的な手記です。最初は岩波文庫版をみかけたのですが、イラストがカラーで掲載されているので角川ソフィア文庫のほうを読みました。この手記はほんらいは公開を意図していたものではなく、生前にこの手記を書いていることを知った高浜虚子が出版を提案した際も、ごく私的なものだとして拒否したそうです。
 基本的な内容は、その日の天気、食べたもの、便通、包帯の取り換え、来客、そして日々のなかでよんだ俳句など、ほとんどごく普通の手記のようです。それに加えて、思い出の追憶、家族への不満や心配、病気の状態を細かく描いている日もあります。
 アマゾン(岩波文庫版)のレビューをみてみると、病床にあってなおひたすら力強く生きようとした子規像に感銘を受けた方が多いようです。全身はあちこちが悲鳴を上げ、口からは膿が出ており、腹痛に悩まされる。そんななかでふつうは食べようと思わないはずですが、子規は尋常ではない量を食べ続けます。例えばある日の日記を抜粋すると、このような具合です。
九月十日 薄曇 午晴
  便通間に合わず 繃帯取換

朝飯 ぬく飯二椀 佃煮 紅茶一杯 菓子パン一つ
    便通
午飯 粥いも入三碗 松魚〔かつお〕のさしみ
    みそ汁葱茄子 つくだ煮 梨二つ 林檎一つ
間食 焼栗八、九個 ゆで栗三、四個 煎餅四、五枚
    菓子パン六、七個
夕飯 いも粥三碗 おこぜ豆腐の湯あげ
    おこぜ鱠 キャベツひたし物 梨二切 林檎一つ

(pp. 31-32)
 苦痛のあまり夜中でも昼でも泣き叫んだという記述は何か所もあります。腹に穴があいたとも書いています。病床に「仰臥」していた子規が、それでも力強く生きようとするさまは、たしかに胸を打つものがあります。
 しかし他方で、この本の魅力はそれだけではないと思うのです。病床にあってなお楽しみを忘れない、ある意味で豪快な人間性が感じられます。そしてそれこそが、この異様ともいえる食に結びついているような気がします。生きるために食べていた、そしてその生への執念に感動する、という読み方には、違和感を覚えるのです(再読予定)。
 そこで、ぼくがお気に入りの、お楽しみを忘れないような記述を記録しておきます。
 男女の来客ありし故この際に例の便通を催しては不都合いうべからざるものあるを以て余は終始安き心もなかりしが終にこらえおおせたり 夜九時過衆客皆散じて後ただちに便通あり 山の如し (p. 125)
 じつは病状は「便通」を我慢することさえ非常に難しいほど悪化していたのかもしれませんが、それをわざわざこんなふうに書く。こうしたところにもまた、この本の、この著者の魅力を感じます。

2015年7月20日月曜日

2015年7月2日木曜日

「ピエール・リヴィエール」

22:09 Posted by どぼん , , 2 comments

07/02 : ミシェル・フーコー編著「ピエール・リヴィエール――殺人・狂気・エクリチュール」

 この本の題材となる事件は1835年6月3日にさかのぼります。フランスのオーネーという田舎町で、ピエール・リヴィエールはナタを使って母・妹・弟を次々と殺害しました。近隣の人びとにも目撃されていましたが逃走し、森や海岸、ときには人のいる街まで歩きまわり、7月2日に捕まっています。11月12日に尊属殺人罪で死刑を言い渡されますが、翌1836年2月10日付で国王の恩赦により終身刑への減刑が認められます。3月7日にボーリュー重罪刑務所へ入所、1840年10月20日に所内で自殺を図り死亡しました。

 そして100年以上の時を経た1973年、フーコーとその門下生たちは、この知性ある狂気の物語とリヴィエールに関する資料を発見します。そして自伝を含めたそれらの資料を紹介するとともに、この事件を取り巻く法・医学・政治(王の恩赦)・社会(マス・コミ、家族システム)といった権力と彼の関係に注目するのです。

自伝

 まずはなんといってもその自伝が魅力的です。1813年の両親の結婚から始まり、父が母から受けた酷い仕打ちについてこれでもかと書きたてます。そして、それこそが事件の引き金になったのでした。(特に印象的だったのは、「夫が払うから」といってツケ払いで好き放題に買い物をしたり、子どもが死に際しているというときに督促状(自分の借金を父が支払うように求める書類)を突きつけて自分の主張をするという、恐ろしいほどの守銭奴ぶりです。自分の「権利」を死んでも手放さない!)
 私は母、妹、そして弟を大切にするという人の道をすっかり忘れてしまいました。私には父が狂犬か野蛮人の手にかかったようにみえました。これに対抗して私は武器をとらねばならなかったのです。 (p. 173)
 そして、自身が犯行に及んでから逃走し捕まる経緯を書きます。彼は犯行の直後に自分がしたことを認識しています。
ああ、なんてことだ。私は怪物だ、不幸な犠牲者たちよ。本当に私があんなことをやったのだろうか、いや、あれは夢だ、いやしかし、あれはまぎれもない事実だ、地獄よ、私の足もとで口を開け、大地よ、私を飲み込め、と。私は泣きじゃくり、地面を転げまわり、その場に突っ伏しました。 (p. 183)

分析

 後半の論考では、この自伝を含めた事件に関する資料をひもときながら、フーコーをはじめとする7人が異なる観点から考察しています。とくに「死刑を判決しながら減刑を王に嘆願したのはなぜか」という点(「情状酌量」)や、「なぜ情状酌量が適用されなかったのか」という点(「王殺し―親殺し」)は問題意識を共有しやすいところです。ほとんど同じ資料をもとにしながら司法と医学によって異なる言説が構築されてゆくことを明らかにした「ピエール・リヴィエール対比研究」も面白いと思います。